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1冊の英語教材ができるまで (執筆者・ネイティブチェッカ―・校閲者の存在)

こんにちは。元・英語教材編集者のころすけです。かつて出版社の編集部にて、通算10年ほど教材づくりに携わってきました。なかなかレアな職業だと自負しているので、せっかくですからみなさんにどのような仕事であるのかを簡単にご紹介したいと思います。

どうやって作るの? 何人ぐらいで作るの?

教材が「シリーズであるか/ないか」によって製作スタッフ数は大きく異なりますが、一般的には1冊だけ作るということであれば総勢10名ほどででき上がります。
まずは解説文を書く執筆者、それにネイティブチェッカーと内容校閲の校閲者、さらに校正者、CD付教材であれば音声ナレーターとスタジオのエンジニア、また紙面/表紙/CD盤面のデザイナーにイラストレーターもかかわってきますね。原稿入手後から印刷直前までの作業として、紙面デザインとテキストデータ(文字データ)を合わせて組み上げていく「組版」の作業もあるので、組版オペレーターという人もいます。それらを総合してコントロールする立場にあるのが編集者です。

同時発刊で10冊シリーズなんてことになれば、これはもう出版社としてはプロジェクト級です。執筆者もネイティブチェッカ―も校閲者も到底1人ではかなわず、いわゆる”チーム”を編成することになります。執筆チーム、校閲チーム、校正チームなどです。言い回しの統一を図るため、たとえば「allow A to do」「allow 人 to do」「allow ~ to V」のような執筆者ごとにバラバラの表現も、事前に編集者がルールを定めて通達します。ネイティブチェッカーや校閲者・校正者たちにも、赤入れで不統一が生じないように表現方法を徹底して共有します。漢字の閉じ・開きなどもそうです。「つきあい」「付き合い」「つき合い」などのように表現にブレが生じないよう、ある程度予測できるものについては事前に関係者でルールを確認します。

どういう人が執筆しているの?

教材の執筆というのは、基本的には経験がものを言う世界です。筆者の場合は40歳以上の執筆者と接することがほとんどでした。執筆陣候補に挙がるのは、やはり現役教師として中学高校で英語を教えている方や、大学教授や企業英語トレーナーの方が多かったです。いずれの方も当然ながら、最低でも英検1級レベル以上の方たちです。本業があるので、勤め先に副業の許可を得てもらって執筆してもらうということがほとんどです。1回完結型の支払い方式で原稿料をお渡しする場合もあれば、教材の税抜価格の〇%というように「印税」という方式をとる場合もあります。印税だとだいたい5~8%が相場です。

英語教材の世界では、執筆のみで生計を立てている方はごくごくまれです。いわゆる「英語研究家」として名を馳せている大御所だと65歳以上の方ばかりで、その場合は原稿料(ページ単価や一文字単価)が通常の2~3倍になります。大学の名誉教授クラスの方を想像していただけると、実際のイメージに近いでしょう。
教材の執筆は、小説などの文芸本ではないため、明確な日本語で英文法・構文を伝え、正しい英文内容解釈のもと効果的に学習の導線を敷いてやることが基本となります。それも執筆のセンスです。文法事項の説明のためどこからか引用してくる英文も、読者レベルに合った英単語で成り立っているか、2通り以上に解釈できてしまうようなことがないか、教材にふさわしい英文内容であるかどうかの精査を執筆者自身の目でおこなってもらいます。書くのが上手い・下手という文筆センスよりも、英語指導者としての資質が重要視されます。

ネイティブチェッカ―は何をするの?

これはわりとイメージしやすいのではないでしょうか。英語を母国語とする方に、原稿中の英文を読んでもらってスペルミスや文法ミスを見つけてもらう作業がネイティブチェックです。
しかし、英語圏出身であればだれでもできるわけではありません。それなりの大学を卒業した方で、またふだんの勤務先もきちんとしていることが前提です。採用に至るまでにテスト校正をしてもらい、出版社の意図を汲んでその教材にふさわしい赤入れができるかどうかが主に問われます。どちらかと言うとパーソナリティ面が重視されるのではないかと思います。

イギリス出身のチェッカーにも、1冊を通してアメリカ英語で統一する方針であれば当然アメリカ式スペルに合わせてもらいます。こうしたオーダーどおりに動いてもらうことが大前提ですが、意外とこれが守られないものなんです。途中で気が抜けてしまうのでしょうか。
ほかにたとえば中学1年生を対象にした英文法教材であれば、日本人向け教材は特に「短く・わかりやすく」という方針を徹底しているので、言い回しがほんの少し不自然な程度であれば”間違いではない”ということで「看過できるところには赤字を入れないでほしい」という要求を出版社側がネイティブチェッカ―に出します。ここに我慢ができずネイティブチェッカ―がめった斬りのように赤入れをすると、執筆者へのフィードバック量が膨大となるなど、あとの工程がたいへん複雑になります。1冊における同じ単語の登場回数をカウントしている編集者の立場としても、なるべく英文はいじってほしくないのです。それに、いくら自然な英文でも、習っていない文法が出てきては読者が困ります。読者の習熟度に合わせて適切に英文を提供することはとてもたいへんな作業で、編集者はずばりここに注力することが求められます。この点を理解しようとせず「自然な言い回し」に偏りすぎた赤入れをするチェッカーは、編集部内では「〇〇さんはknit pickerだから困ったもんだね…」と敬遠されがちです。逆に、なんでもかんでも「OK」で通ってしまうザルのようなチェックでは意味がありません。人選が非常に大事と言えるでしょう。

校閲者は何をするの?

文芸部のある出版社には、社内校閲部というのがあるそうです。一般的に教材出版の場合は、外部の方を頼って校閲作業をアウトソースします。校閲者は一般的に執筆者よりも上の立場であることが多く、執筆者と同等かそれ以上の知見を駆使して記述に間違いがないかをチェックするのが仕事です。
たとえば今、大学入試用の英文読解問題集を製作しているとしましょう。校正者や編集者も問題の解き直しと解説の読み直し時に原稿のミスを発見することはできるものの、それは「ある程度」のレベルでの話です。東京大学の文科1類対策の英文だと、どうでしょうか。ほかに英検1級対策書だと、どうでしょうか。さすがにこういったハイレベル教材は、校閲者なしには質を担保することができません。校正者と編集者の英語力には限界があります。やはりプロの校閲者の力を借りることは必須と言えます。

ちなみに校閲者と呼ばれる方たちは、ふだんは通訳・翻訳で活躍されている方だったり、大学教授であったり、英字新聞の出版社の方だったりします。校閲業だけで生計を立てているケースは非常にまれで、これは執筆業だけで生計を立てるのが難しいのと同じですね。教材の価格はせいぜい1冊1,000~2,000円程度のものですから、ここから逆算すると校閲料というのは金額的にたいへん小さなものになります。出版社としても、執筆料はともかく校閲料をしっかり支払ってあげる予算がありませんから、ふだん書店に並んでいる教材の数々が校閲者たちの陰の支えによって発刊できていることを、ぜひお伝えしたいと思いました。一般的に謝礼は少ない仕事でありながら、果たす役割と責任は重大です。縁の下の力持ちとはまさにこのことです。

EnglistA読者の方も、これまで少なくとも1冊はなにかしらの教材をお使いになって英語を勉強してこられたのではないでしょうか。教材との出会いは、ご自身で書店に足を運んでお買い求めになったものかもしれませんし、学生時代に学年一括採用でみんなと同じ教材が割り当てられたなんてこともあったかもしれませんね。
いずれの教材も、執筆・ネイティブチェック・校閲のステップをきちんと経たもので、どなたにも安心して使っていただけるように配慮されています。お手元の教材を振り返ってご覧になるときはぜひこの記事を思い出していただき、教材に込められた情熱をわずかでも感じていただけたら幸いです。

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