スペースシャトル計画~宇宙への挑戦~

かつて宇宙開発に大きく貢献した、スペースシャトル。5機が就航していました。
そして、いずれの機にも宇宙への冒険にふさわしい特徴のある名前がつけられていました。
どんな名前だったのか振り返ってみたいと思います。

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Columbia:コロンブスの国

1981年4月12日、スペースシャトルの記念すべき宇宙への初飛行を行ったのがこのColumbia でした。機長、John Watts Young そして操縦士、Robert Laurel Crippenの二人が乗り組み2日間に渡って、地球の上空307kmの軌道を36周したのです。

この初飛行の任務は、スペースシャトルシステム全体の点検、安全な軌道周回、そして無事に帰還し滑走路に着陸をすることでした。すべての任務が滞りなく行われ、その後、スペースシャトル計画は30年間に渡り135回のフライトを実施することになるのです。

Columbia という名前は、18世紀の英国人Robert Gray が船長を務めていた帆船の名前です。Robert Gray は1792年に、帆船Columbia にて現在のカナダ・ブリティッシュコロンビア州からアメリカのワシントン州そしてオレゴン州を流れる川を探索し、その川を自らの帆船の名にちなんで、River Columbia と名付けたのでした。また、この船はアメリカで初めて世界一周の航海を成し遂げています。

東京ディズニーランドのウエスタンランドにはありませんが、カリフォルニアやフロリダにあるディズニーランドのフロンティアランドにはこの帆船Columbia がアトラクションの一つになっています。

このColumbia のそもそもの意味はアメリカという国の別名、つまり雅号でした。15世紀にアメリカ大陸を発見したイタリア人探検家Christopher Columbus の名に由来するものであり、「コロンブスの国」ということを意味しているのです。

ですからこのスペースシャトルColumbia は、無理やり分かりやすくしますと、日本の古くの国名ともいえる「大和」を船名とした宇宙船、「宇宙戦艦ヤマト」的なニュアンスがあります。

しかしなんとも残念なことに、2003年2月1日、28回目のフライトを終え、帰還するための大気圏再突入の際に、空中分解するという大惨事が起きてしまったのです。女性宇宙飛行士2人を含む7名の搭乗員が犠牲となりました。事故の原因は打ち上げ時に開いてしまった直径約20センチメートルほどの穴だったそうです。大気圏再突入時にこの穴から高温の空気が入り込み機体の分解につながったのです。

Challenger:挑戦者

1983年4月から1985年10月までに、9回のフライトを成功させました。

Challenger は19世紀半ばに英国にて建造された帆船の名前でした。蒸気補助機関を持つ木造船であり軍艦及び海洋調査船として運航されました。太平洋、大西洋などにて行った調査がChallenger Report として出版され、近代海洋学に大きく貢献しました。
1875年には明治時代の日本の横浜、横須賀、神戸などにも寄港しました。

日本のほぼ真南、グアム島西側のマリアナ海溝最深部にあるチャレンジャー海淵(Challenger Deep)はこのChallenger による1875年の測定活動により名付けられました(及び後世のチャレンジャー8世号の調査を含めて)。当時は8,184mと計測されましたが、最新の計測では10,911mとなっています。最新の測定は日本の無人探査機が1995年に計測したものです。

ところで、スペースシャトルChallengerには、なんとも不幸な出来事が起こってしまいます。1986年1月28日、10回目のフライトの打ち上げ直後に爆発し、乗船していた7名の宇宙飛行士は全員死亡してしまったのです。かねてより指摘されていたある部品の欠陥が対処されないまま使用されたことに起因する事故でした。

当時のレーガン大統領により調査委員会がもうけられ、NASAの組織文化にまで根本原因が及ぶと指摘されました。この事故によりスペースシャトル計画は2年半以上に渡って中断したのでした。

Discovery:発見

1984年8月から2011年3月までに、39回のフライトを成功させました。延べ365.5日間宇宙に滞在し、その間に地球を5,830周しました。

Discovery (発見)という名前は、古くからさまざまな物につけられてきました。
例えば、1607年にロンドンにあった北米大陸に植民地を建設する会社が、105名の人々を現在のアメリカ・バージニア州に送り込みました。そのときに使用された3隻の船の一つがDiscovery という名前でした。

英国の探検家Henry Hudson が1610年に英国からアイスランド、グリーンランドを経由してハドソン湾へ到達した際の航海に使った船の名もDiscovery でした。

このほかにも英国海軍では伝統的にこの名の艦船を就役させています。
また英国自動車メーカー、ランドローバー社の高性能四輪駆動乗用車の名前にも使われています。

Atlantis:大西洋

Atlantisは古代ギリシャにおいて、大西洋上に存在したとされる大陸及びそこに繁栄していた国家あるいは大西洋そのものの名前です。

そしてアメリカ・マサチューセッツ州にあります著名な研究機関であります、ウッズホール海洋研究所が使用していた調査船の名前でもあります。

この名前を冠したスペースシャトルAtlantisは、1985年から2011年まで33回のフライトを実施しました。ロシアの宇宙ステーションであるミールや国際宇宙ステーションISSとのドッキングを19回行っています。
2011年7月21日に最終フライトを終えて地球に帰還しましたが、Atlantisのこの期間を最後にスペースシャトル計画は幕を閉じたのでした。

Endeavour:努力

1992年5月から2011年6月までに25回のフライトを行いました。
日本人宇宙飛行士、毛利衛さん、若田光一さん、土井隆雄さんが搭乗したのはこのEndeavour でした。

Endeavourは、英国の探検家James Cook (キャプテン・クック)の指揮した軍艦の名前に由来します。James Cook は志願水兵として英国海軍に採用され、その後カナダ・セントローレンス川河口域海図の作成でおおいに評価され、1768年に英国王立協会により南太平洋における天体観測に派遣されます。そのときに使用した艦船がEndeavourでした。

タヒチ、ニュージーランド、オーストラリアへと航海を続け、1771年に帰国しました。
Endeavour は本来石炭運搬船として建造された船で、強度、浅い喫水など長期間の探検航海にたいへん適していました。

endeavour とは、「努力する、全力を尽くす」、あるいは「何かを達成しようとする」という真面目な行動、「大胆さが必要とされる企画」といった意味をもちます。それは18世紀の海洋探検、そして20世紀の宇宙探検にふさわしいネーミングでした。

またこの機はChallenger 事故の後にその埋め合わせのために急遽製造されたものでもありました。現在はロサンゼルスのカリフォルニア科学センターにて展示されているそうです。

endeavour は米国ではendeavorと綴られますが、キャプテン・クックの船の名前から来ているので、Endeavour が正しい表記であるといえます。

Enterprise:冒険心

実はスペースシャトルにはもう一機ありました。Enterprise です。一番早くに製造されたスペースシャトルがEnterpriseで、1977年に複数回の実験飛行を行っています。
しかしいずれも大気圏内での飛行であり宇宙へは行っていません。またトータルの飛行時間もわずか19分でした。

この名前はもちろん『スタートレック』のキャプテン・カークの指揮する宇宙船『エンタープライズ』からのものです。当初は他の名前が付けられる予定でしたが、エンタープライズにしてほしいという声が多く寄せられ、当時のフォード大統領により命名されました。

まとめ

今回は、華々しい功績に彩られながらも悲しい事故にも見舞われたスペースシャトルの名前の由来についてご紹介しました。みなさんにも各機に付けられていた素晴らしい名前の由来を記憶していただければ幸いです!
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