「グローバル教育」=「英語ペラペラ」ではない (後編)

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前編では、おもに都内中高一貫校における「グローバル教育」を扱いました。後編では引き続き、「グローバル教育」イコール「英語」なのか、という命題を掘り下げていきましょう。

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そもそも「英語」の支配は歴史上で見たら最近のことだけれど…

日本人がひろく英語を学ぶようになったのは戦後のことです。それまでは政府の仕事を担う一部の人や教師など、限られた職業の人たちだけが英語を学んでいました。しかも、日本で英語がメジャーな外国語となる前は、南蛮貿易の影響でポルトガル語が主流でした。その前は中国語です。長い長い歴史を眺めてみれば、英語習得に熱を上げるようになったのはほんの最近なわけです。
おもしろいことに、一部の社会学者と経済学者は「日本人は英語ではなく中国語を学ぶべきだ」なんて主張をしています。日本は中国と距離が近く、経済圏として中国を見たときもパートナーシップ比重を欧米よりこちらに置いてしまっても将来的には問題ないほど、中国の産業が発展しているというのが主張の理由です。そして、今後の躍進も引き続き爆速的であるという見込みがあるためです。IT業界では米国アップル社と中国HUAWEI社の拮抗しているバトルのように、じゅうぶんな競争力をつけてきた中国です。なるほど、「英語より中国語を」と主張する人がいることには納得できます。
それでも、「英語を学ぶ」という教育上の黄金ルールをわざわざ日本が逸脱することはなさそうですが、世界の状況をかんがみて常に最適解をさがす姿勢は「グローバル教育」に通じるところがあります。盲目的に英語一辺倒になるのではなく、考えたうえで「やはり英語は第一外国語として大切である」とみずからが選択して英語を学ぶのが、グローバル人材としてあるべき姿です。「なぜ自分は今この勉強をするのか」を意識しながら学ぶ人間は、俯瞰する力があり、また今後訪れるさまざまな変化にもうまく対応できるでしょう。

ある私立高校の修学旅行は「台湾」に、なぜ?

私立校の修学旅行は、英語圏へ修学旅行に行くことが多いようです。予算や安全面を総合的に考えると、行き先はシンガポールやニュージーランドが人気です。しかし都内のある私立高校では、英語特進コースの生徒たちの修学旅行先は「台湾」なんです…! 学校説明会でも「なぜ英語圏ではなく台湾なのか?」と保護者からの質問が出ました。
学校側の説明によれば、「わが校のグローバル教育は、なにも英語取得のためだけに掲げた方針ではありません。過去の戦争で日本が台湾におこなったことを学び、台湾の経済にじかに触れ、同じように”英語が母国語ではない”者どうし英語でコミュニケーションをとる体験を生徒にしてもらいたいからです」とのことでした。英語圏の人とばかり仕事をする世の中にはきっとならないだろう、ということで、あえて非英語圏を行き先に選んだとのことです。
中国本土とは別形態での経済発展を遂げる台湾は、一国家として独立する意思もありますよね。これが島国温室育ちの日本人にはない感覚だということで、10代のうちに台湾を訪れることはたいへんな刺激になるのだとか。「グローバル教育」だからと言って、必ずしも英語圏を訪れるのが正解ではないようです。

「多様性を受け入れる力」という視点

さあ、もう1つお伝えしたいことがあります。「グローバル教育」は言語面からのアプローチが実態として王道ではありますが、それ以外にも大切なファクターとして「多様性を受け入れる力」というのが挙げられます。global とは特定の国を指さず「地球全体」を意識する言葉です。すなわち、英米語圏ばかりの文化に傾倒せず、言葉は通じなくとも世界中あらゆる国のありようにも気を配ることが「グローバル教育」には求められます。
たとえば宗教の違い、食習慣の違い、男女間や家庭内それに職場における価値観の違いなど、世界には数えきれないほどの「自国との違い」があるわけです。自分が外国で暮らす場合でなくとも、いま日本で暮らしている外国人たちとうまく日本で共生していくために、常日頃からの異文化理解は必須です。多様性を受け入れる力は、まさに市民レベルでどの世代も求められることです。「ダイバーシティ(diversity)」という言葉があるように、「グローバル教育」にはもちろんこの視点での指導が含まれています。

「グローカル教育」という新語もある

「グローカル」、これも昨今よく聞く言葉ですね。global(地球の) + local(地域の)の造語です。世界的な広い視野を持ちつつも、今いる場所の現状をとらえてきちんと目の前のことから解決にあたっていけるような力を養成するのも、教育の新しい流れです。「グローカル教育」と呼ばれています。
「グローバル」に傾倒しすぎてしまえば”海外のことばかり”に目を向けがちになり、国内事情を軽視しようとしてしまいがちです。自国できちんと活躍できることも、必要な素養です。地に足をつけて、できるところから着実に一歩一歩進んでいけるような精神性と行動力は、国内のいろいろなことを見知っているからこそ発揮できるものです。世界で活躍できる人間は、当然地元でも活躍できる人間だということです。
「グローバル」も「グローカル」も言葉が独り歩きしている感じがまだまだありますが、指導者側は表面的な語学学習にとどまらないように気を付けるとともに、保護者のほうも「英語ペラペラがゴールではない」ことを正しく理解するべきであると感じました。あくまで英語はコミュニケーションの手段であり、英語習得が目的のすべてになってはいけないわけですね。

最後に

これからますます英語教育の低年齢化がすすみ、また高校卒業時に求められる英語のレベルもぐっと引き上げられることでしょう。それと同時に、世界のニュース/国内のニュースの両方に気を配り、問題を解決するにはあくまで「地球規模」の視点でのぞむことがこれからの私たちに必要な姿勢となります。
たとえば環境問題がいい例ですね。日本国内では多すぎて処理しきれない再生用プラスチックごみは、東南アジアに輸出しているそうです。受け入れる側も、再生すれば資源になるので、わざわざお金を払ってそれを買う理由があります。しかし実際には、その国では予期していたとおりに再生技術が追い付かずに、結局プラスチックを処理できないでいるわけです。これでは日本はごみを移動しただけに過ぎません。日本だけに着目すれば、邪魔なものを手放してすっきりしたかもしれませんが、受け取った側は宿題として残り続けます。これだとグローバル視点では正解ではありませんよね。
「グローバル教育」の担い手たちは、生徒たちがこうして広い視野でものごとをとらえられるように工夫に工夫を重ねて、試行錯誤しながら、真に世の中のために行動を起こせる人材を育成しようとしています。これからの新しい教育におおいに期待しましょう。よりよい未来を目指して、私たち一般市民も「日本だけが問題を逃れてラクになる」ようなことがないように、世界のニュースに敏感になり、包括的なもののとらえ方ができるようになりたいものです。

2記事にわたり、お読みいただきありがとうございました。英語教育を主軸とした中高一貫校を目指す受験生をお持ちの親御さんならば、「グローバル教育」はきっと気になるテーマですよね。本記事が少しでもお役に立ちましたら幸いです。

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