学校における英語のチームティーチング

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こんにちは、ころすけです。都内の公立小中学校を中心に、ALTと現場のコーディネートや授業見学をおこなっています。そんな副業をしているがゆえに、英語の授業の実態についても詳しくなりました。本日はおもに「チームティーチング」について述べたいと思います。ご興味がおありの方はぜひご覧ください。

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担任とALTがペアで教える

みなさんの学生時代を振り返ってみてください。私立中高の英語コースに在籍していたなどの特殊な環境でない限り、英語の授業というのは日本人の先生がメインで教え、年にほんの数回だけネイティブスピーカーの外国人の先生がアシスタントとして教室にやって来たかと思います。
今、小学校ではクラス担任が英語を教え、中学校以上では英語の教師が教えています。ALTをすべての英語クラスに入れるだけの便宜は今でもはかれていません。相変わらず年に数回程度しかALTに来てもらえないのが実情です。公立校であればALTは3つほど学校を掛け持ちしているので、〇曜日はこの学校、〇曜日はあの学校、というように曜日でローテーションを決めていることが多いです。とにかく現場ではALT不足です。それでもクラス間の不平等が起きないように、厳格にALTの訪れる回数は調整されています。
現状としては、年間の授業のほとんどは日本人教師がひとりで教え、ごくたまにALTと一緒にペアで授業を展開しています。まずこの前提をみなさんにお知りおきいただきたいと思います。

ALTって何の略?

さて、ALTとはどういう意味でしょうか。ずばり、「Assistant Language Teacher」の略です。生徒に効率的に言語習得をさせるため、補助要員として派遣される先生のことを指します。日本人教師ではまかないきれない本場の発音、そして教室のなごやかなムードづくりなど、ALTは現場でたいへん重宝されます。生徒の立場からしても、どうせ単語のリピートをするならきれいな発音の人に続いて言ってみたいですよね。
このように、日本人教師の手がまわらないところや力の及ばないところを補助するのがALTの仕事です。文字どおり、アシスタントということです。ところが、本来あるべき分(ぶ)を超えて、授業の進行すべてがALTによってなされている事例も多く見受けられます。ALTたちの気質が総じて出しゃばりだというのではなく、日本人教師との「チームティーチング」がうまくいっていないということです。日本人教師がリードしつつ、ときおりALTをうまく使う、このバランスが文科省の求めているものになります。しかし、現実にはこの逆転現象が起きてしまっていることがとても多いんです。

「T1」「T2」という概念

さきほど述べた「チームティーチング」は、業界用語で「TT」と言います。Team Teachingの略です。また、メインとなる教師のほうを「T1」(Teacher 1)、サブとなる教師のほうを「T2」(Teacher 2)と呼びます。
ご想像どおり、T1となるべきは日本人教師のほうです。年に何度かしか来ることのできないALTには、T1業務はとても荷が重いものです。生徒たちの顔と名前が一致しないのはもちろんのこと、前回の授業との接続もわかりませんし、また生徒ごとの英語の得手不得手も正確に把握できているわけがありません。これこそ、ふだんから生徒たちと接している日本人教師がよくわかっていることです。わかっているからこそ、授業の組み立て(プラン)はもちろん当日のアドリブも利きます。彼らは授業を年間通してコーディネートするので、ALTが来ているときもやはり日本人教師がT1として授業をリードしていくべきなんです。この理屈は、現場の先生がたも100%理解しています。
不思議なものですが、ALTに授業を「丸投げ」するつもりはなくても、結果的に「丸投げ」になってしまうことがとても多いんです。わかっているけれど、できない。一体それはなぜでしょうか。いくつか理由が挙げられます。

ALT中心の授業進行になってしまう理由① 遠慮がある

現場の日本人教師たちの話を聞いてみると、「どうしてもALTに遠慮しちゃうんです」という意見がもっとも多く出ました。T1の立場である自分がリードしていくべきだとわかってはいるものの、「自分より英語がデキる人がその場にいるんだから、その人に教わるのが生徒のためになるに決まっている」と思われる先生がたが実に多いんです。
“必要なところ”だけALTをうまく使うのも、また難しいようです。「進行は自分がやるので、コレとアレだけお願いします」というALTとの事前打ち合わせをするにつけても、ほとんど日本語ができないALTを相手に話しかけるのは気が重いそうです。英語が話せる先生もまれにいるそうですが、その先生をわざわざつかまえて仲立ちしてもらうのも申し訳ないと思うそうで、多忙な教育現場を想像してみて筆者も納得しました。そして結果的に、授業をまるごとALTに任せてしまうという現象が起こってしまうのです。

ALT中心の授業進行になってしまう理由② 求心力のプレッシャー

小学校においては、「元気いっぱい!」「英語大好き!」「笑う、歌う」といった要素が英語の授業に求められるファクターです。するとどうしても日本人の気質では、外国人にかなわないんですよね。相当な努力をしないと、終始笑いの絶えない授業をおこなうことはできないでしょう。もの静かな日本人にとって、これはしかたのないことです。

自分が生徒たちを笑わせようと思っていろいろ試行錯誤しているというのに、目の前のALTは当たり前のように笑いをとっています。こうした「差」を見せつけらえることによって、日本人教師は縮こまってしまいます。自らがT1であることを忘れ、気づかぬうちに少しずつパワー配分をALTのほうに多めに受け渡してしまっているわけです。

本来、授業というのは静かにおこなっても学習効果がきちんと見込めるならそれでいいですよね。しかし小学校における英語の授業だけは、どうも特別視されています。最低でもハッピーなムードでなくてはいけないですし、ときにゲームも入れなくてはいけないし、できれば爆笑だって授業中に1回は欲しいところです。先生たちの目指している授業の理想像が、これなんです。文科省はなにも「笑いをとりにいくように」なんてシラバスに書いていませんが、実際には多くの先生がたが笑いの絶えない授業を目指しています。英語を好きになってもらうためには、「自分ではなくALTに任せてしまったほうがうまくいく」と思い込んでいる先生もずいぶんといらっしゃいますから、ALT中心の授業になってしまうのに不思議はないですね。

ALT中心の授業進行になってしまう理由③ 生徒からの目線が気になる

これは中学校で出た意見ですが、小学校と違って中学校ではクラス担任ではなく英語専任教師が教えるので、ALTとのやりとりを終始生徒にじっと見つめられるのが「英語のプロ」としての1つのジャッジをされているようで緊張するそうです。

「TT」の完成度を上げようとすると、どうしても日本人教師とALTの会話も増えるわけですから、英会話に自信のない先生にとってみたら生徒の前で公開処刑をされるような心持ちでしょう。留学経験のある先生や、個人的に英会話スクールで研鑽を積んだ先生ならまだしも、多くの英語の先生たちは「英会話に不安がある」とおっしゃいます。筆者からしてみれば十分にコミュニケーションがとれていると感じるんですが、どうも先生がたの目指しているものは高いところにあるようで、「ネイティブっぽい発音じゃないから恥ずかしい」ですとか、「ALTの話を聞き返してしまったらリスニング力がないのではないかと思われてしまう」ですとか、心配に思うこともあるそうです。

ここまでお読みになっていかがでしょうか。学校現場における「TT」の様子がおわかりいただけたでしょうか。

筆者が2年にわたり小中学校をまわっているなかで、少しずつ「T1」中心の授業進行が増えてきました。20代、30代の若い先生がたを中心に本来の「TT」に近づけようとチャレンジしている事例が見受けられます。英語の歌や、歌に合わせたダンスなど、これまではほぼ100% ALTが担ってきたものも、あえて自分たちが引き受けています。
感触としては、副校長先生が前向きに「T1としてみずから授業をおこなっていきましょう」とお達しを出している学校が結果を出しています。そうでない学校は、やはりALTに丸投げの現状です。ALT側はこうした負担の大きさになんとか耐えているわけです。ALTのお給料は決していいほうだとは言えないので、やはり耐えかねて帰国している人たちも毎年多くいます。ALTの長期育成は教育業界にとって課題の1つです。
よりよい「TT」を目指して、現場での試行錯誤が実を結ぶことを願ってやみません。

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